生ぬるい都市

中央公論2009年8月号、「東京が、「生ぬるい」街になった理由」(磯崎新)より、メモ。*1

(前略)半世紀ほど昔、私は「未来都市は廃墟だ」と言いました。いまは、そのときからすれば未来だから、廃墟に住んでいると言ってもいい。眼前に瓦礫があるわけじゃないので、文字通りの廃墟に住んでいるとは言えないけど、あのときあてずっぽうに言った廃墟になっているようにも思います。半世紀前、誰もがいずれ理想的なユートピア都市になるだろうと期待をかけていました。私は、「そんなユートピアなんてないよ」、と言ったにすぎません。理想都市はやってこなかった。それだけははっきりしています。

  • 「六〇年代には熱気があった」

(中略)六〇年代*2の東京には説明できないような「熱気」がありました。「常時普請中」という言葉がぴったりでした。

 八〇年代、海外で東京論がたくさん出てきました。極東に奇妙な都市が生まれつつある。ごったがえしていてまるで「坩堝(るつぼ)」のようだと表現され、すべてが「過熱」気味になっていました。
 二〇年間隔で「発熱」しているのなら〇〇年代にも何かあってよかったのに、妙に「生ぬるく」なっている。そんな感じしませんか。東京論をやりそうな連中はこの街を素通りして、アジアのほかの都市に向かっています。かくなるうえは新型インフルエンザに罹(か)からせて「高熱」でも出させてみるか。(中略)いっそのこと東京を脳死させ、国会での議論対象を都市に見立て、臓器移植を大々的にやる。破産処理手法を応用してもいい。すると、すでに古い手法になってしまった国会等移転問題がうかびあがってくるでしょう。

東京の首都機能は移転すべきなのだ。別ブログの「クルーグマン」の記事参照。

 ともあれ、〇〇年代の東京は「発熱」の機会を逸したのです。グローバリゼーションや経済不況のためではありません。この都市の生態的な変成にズレが生じたのです。政策実行者も政策提案者も軒並みその理由がつかめず、目先のグラフの上下ばかりにうろうろしている。マクロな視点がまったく欠けているからです。

筆者が「グローバリゼーションや経済不況のためではありません。この都市の生態的な変成にズレが生じたのです」と述べているところはとっても重要。

  • 「パリとマンハッタンを追いかけて」

(中略)二十世紀の都市の概念を代表するのはニューヨークのマンハッタンです。ここの街区はグリッド状*3ですが、割りつけたのは開発業者。もっとも売りやすい建物の造れる地形になっています。そこに垂直と水平*4の大量交通機関が導入される。地下鉄とエレベーターです。マンハッタンは一応「島」になってはいるけど、グリッドは垂直・水平に無限に延長できるという特性を幾何学的にもっています(←動画)。それを電動力によって駆動される都市的インフラが貫く。あげくに超高層*5の乱立するスカイラインが生まれました。だがここにはかつての都市のもっていたまとまりはない。空間があるかぎりどこまでも伸張できます。そこで大都市(メトロポリス)と呼ばれることになる。

 マンハッタンのスカイラインは、いまでは世界中から模倣されています。世界の田舎と思えるような都市に行っても、やりたいのは「花たば(ブーケ)」と呼ばれる超高層群の開発です。そのシルエットはこのところ事件をおこしている金融工学理論の可視化だと言っていい。地割りは均等、高さはまちまち、姿は思い思いにファッショナブル。それが群として立ちあがった状態が「花たば」です。金額の違いでみずぼらしい場合もある。だけど大小にかかわらず金融工学=開発工学=建設工学というレベルにおいて原理はひとつです。

 東京は、明治以来の近代化過程において、国民国家像としてはパリを、そして資本主義国家像としてはマンハッタンを追いかけたと言えます*6。そっくり模倣しているとは言いません。むしろ稚拙にそれでも頑張ってきたと言えますか。六〇年代の「熱気」、八〇年代の「過熱」は、私はそれぞれの先進モデルを呑みこんだうえでユニークな何ものかに変成しようとしていたときの「発熱」だったと思うのですが、遂にシャキッとして解決法が見つからなかった。六〇年代には都市改造に過激な提案が数多くなされましたが*7、結末はEXPO'70の擬似的ユートピア。それは「未来都市のモデル」とうたわれていたのですが、未来はこんなものだったのか、といった失望になりました。*8

「生ぬるい都市-2」へ続く。「計画」と「規制」」へ続く。

*1:機能から構造へ-2」、「ユルバニスム」、別ブログの「抹消された「渋谷」」、「イオンレイクタウン」注釈3、「雑記5」注釈7、旧ブログの「誤算-4」の記事参照(「磯崎新」)

*2:空飛ぶ都市計画」の記事参照(「1960年代」)

*3:旧ブログの「誤算-2」、「表記-2」、「表記-8」、「Flamboyant」、「World of Tomorrowの補足」、「Integral Project-1」、別ブログの「抹消された「渋谷」」、「雑記3」の記事参照(「グリッド」)

*4:旧ブログの「Flamboyant」、「Integral Project-2」、別ブログの「別世界性」の記事参照(「垂直と水平」)。あと、「モダン・ライフ」と「城の暮らしの日常」も少し参照(「垂直と水平」)

*5:旧ブログの「ニュー摩天楼-1」、「ニュー摩天楼-2」、「Material World-2」、「Material World-5」、「World of Tomorrow」、「Integral Project-2」(動画)、別ブログの「」(動画)、「ファスト新宿」(動画)、「マンハッタンのゆくえ(前)」、「マンハッタンのゆくえ(後)」の記事参照(「超高層」)

*6:別ブログの「マンハッタンのゆくえ(前)」の記事参照(「東京は過去、様々な都市を模倣してきた。江戸時代では…」)

*7:機能から構造へ」、「機能から構造へ-2」、「機能から構造へ-3」、「ユルバニスム」(動画)、「メモ-2」の記事参照(「1960年代」)

*8:別ブログの「柏 マイ・ラブ」の記事参照(「隔離された過去」)