ジャージーシティ

(「アルンタ族の風景」の続き)

ケヴィン・リンチ著「都市のイメージ」第2章「3つの都市」より。

ケヴィン・リンチアメリカの「3つの都市」で(面接)調査を行っている。「ボストン」(古い都市)*1と「ロサンゼルス」(新しい都市)*2と「ジャージーシティ」である。その中で、もっとも僕の関心を引いたのは、「ジャージーシティ」についてである。

 ニュージャージー州のジャージー・シティは、ニューアーク Newarkニューヨークシティ New York City の中間に位置するが、この2つの都市の縁にあたる地域であって、それ自身の中心的活動はほとんど見当たらない。鉄道と高架道路が縦横に交差するこの都市は、一見したところ、人間が住むための場所というよりはむしろ通過するための場所であるかのような印象を与える。人種や階級にもとづく多くの近隣区に分割され(中略)ている。

(中略)病いにむしばまれたアメリカの都市に共通である空間の無定形や構造の不均質の上に、調整されていない道路システムによる完全な混乱が加わっている。その単調さや汚れやにおいなどが、はじめてここを訪れる人を圧倒する。これらはもちろん、外部の者が最初に感じる表面的な印象にすぎない。そこでわれわれは、長年この都市に住む人々が、かれらなりにどんなイメージを描いているかに関心を抱いたのである。

(中略)個々のスケッチや面接調査を検討したところ、この都市について包括的な概念といったようなものを持ち合わせている者は、長年ここに住む被面接者の中にもひとりもいないことがわかった。彼らが描く地図は断片的で、空白の部分が大きく、自分の家のまわりのせまい部分に集中しているのが多かった。

(中略)この都市の性格を一口になんと表現すべきかという問いに対する答えのうち最も多かったのは、ひとつにまとまってはいない、中心になるものがない、たくさんの部落のよせ集めのようなものだ、ということであった。
(中略)また面接調査でめだったのは、市民がかれらの環境についてごくわずかの知識しか持たないことと、かれらが抱いているイメージが、知覚によって得られた具体的なものではなく、概念的なものだったことである。とくに印象的だったのは、視覚的なイメージによらずに、通りの名まえや用途の種類によって説明する傾向が強かったことである。たとえば、次のような身近な紀行文の一部を読んでいただきたい。

「大通りを越すと上りの陸橋があります。この橋の下をくぐってから最初にぶつかる通りにはなめし皮工場があります。大通りをもっと行くと、次のかどでは両側に銀行があるし、その次の角では右側にラジオ屋と雑貨屋がくっついて並んでいます。手前の左側にあるのは食料品店と洗たく屋です。その次に渡るのが7番街で、左かどにこちらをむいた酒場があって、右側には野菜市場がみえます。さらに行くと右に酒屋が左に食料品店が見えます。次が6番街ですが、この通りにはとくに目印になるものはなくて、ただここでもういちど鉄道の下をくぐるだけです。その下を通り抜けると、次が5番街。こっち側の右に酒場があって、向う側には新しいガソリン・スタンドがあります。左にあるのは酒場です。次が4番街ですが、4番街では右のかどに空地があり、その隣は酒場です。やはり向う側の右には肉の卸売りをする店が立っています。左側にはこの肉の店と向かい合って、ガラス屋があります。3番街へくると、右手にはドラッグストアと酒屋が向かい合っていて、左手には手前に食料品店、向う側に酒場があります。その次が2番街で、こっち側の左には食料品店があり、向う側左の酒場と向かい合っています。この通りを横切る手前の右側には、家庭用具を売る店があります。さて次に1番街にくると、まず左の手前に肉屋があって、その向う側の空地は駐車場になっています。右側には洋服屋があって、その右には菓子屋があります。……等々。」

この描写の中には、視覚的なイメージはたったひとつないし2つしか含まれていない。それは“上り”の陸橋と、強いていえば鉄道の下の通路だけだ。

笑った。この紀行文はケヴィン・リンチの創作だろうけど、どうみても読者を笑わそうとしている。しかも、酒場(酒屋)ばっか(笑)。

もちろんケヴィン・リンチは「ジャージーシティ」を良くない都市の例として挙げている。そして、個人的には、上記の記述を僕の地元の柏市や「ファスト風土」(郊外)と関連付けられる*3と考えている。

(続く) ※暫く休止します(今月末には復活する←と思う)

(6月22日追加。ここに続く→「ロサンゼルス」)

*1:旧ブログの「屋根つきの橋-2」、「New World」の記事参照

*2:旧ブログの「Edge City」の記事参照

*3:別ブログの「雑記5」の記事参照